home 
 
 
 
topic  
 建築家の家は住みにくい? { エフエープロデュース }  
建築家とつくろう

存在意義は確かにある

  ©fa-produce
   

建築家の家をつくるということ。

建築家の家は住みにくいの?
建築家の家は高いの?
そんな質問をよく受けるけれど、そういう質問が来るということは
建築家に対するネガティブな意見や印象が少なからずあるということの証。
オリンピック競技場をつくっているのに、シンボルともいえる聖火台を忘れるのが建築家だから
そういう評判が立つのもムリは無い。

すでに完成している分譲住宅は別として、
ゼロから自分の家を建てたいと考えると、その依頼先にはいくつかの選択肢がある。
手っ取り早いのは大手ハウスメーカーとの家づくりで
電話やメールで問い合わせれば、たちまちのうちに愛想の良い営業マンが現れ
山ほどの資料を手渡し、いくつもの施行例や展示場を案内してくれるだろう。
相手は接客のプロだから、あなたを浮かれ気分のまま契約へと導いてくれるはずだ。

ふたつめは知り合い、もしくは近所の工務店にお願いするという手がある。
気の知れた、もしくは知り合いから紹介された腕の立つ親方だから
大きな不安もないまま満足のゆく家が出来上がると早合点すると、ちょっとガッカリするかもしれません。
気心が知れていれことは遠慮の裏返しでもあり、時に文句を言いたくても言えないということにもなります。

そして最後に建築家の家を選ぶという手段。

一般の住まい手が建築家にコネクションを持っている筈はなく、
ネットや書店に並んでいる建築雑誌の中から、あなたは気に入った建築家を選ぶことになる。
さっそく何人かにアタリを付け、その中からようやくひとりの建築家が見つかったとする。
ヤレヤレといきたいところだが、
相手は個性がウリの建築家、揉み手や愛想笑いの得意な営業マンじゃない。
あなたはこれから家が完成するまでの長い時間を、まだ人間関係が未構築な建築家と
うまくつき合って行くことができるのだろうか?
うまくつき合うということは表面的な体裁ではなく、あなたの思う要望を正確に伝え、
個性的で人間関係が構築できていない建築家に対し、毅然とノーと言えるのかどうかという意味だ。

トラブル。

家づくりは住まい手とつくり手の双方の意思の疎通でつくり上げる共同作業だ。
これは大手住宅メーカーに依る家づりだろうが、
知り合いの親方に依頼する家づくりだろうが、
個性的で自身のことを芸術家と勘違いしている建築家との家づくりだろうが、
どれもみな同じ。トラブルになる可能性は程度の差こそあれ、必ずある。
そういう行き違いが、欠陥住宅の元凶になっている場合もあるのだから。

昔から家づくりのトラブルで一番多いのが ”言った、言わない・・”
次に多いのが ”想像していたのと違う・・” というもの。
21世紀の今になっても相変わらずだから、なんとも学習能力のない業界だとツクヅク思う。
そんな低レベルなトラブルを回避するため、エフエープロデュースは独自の工夫を凝らしていて
誰が施工しても間違いなく完成できる、そんな詳細な図面がすべての基本になっている。
誰が見ても理解できる詳細な指示書があれば、料理もプラモデルも失敗することなく作ることができる。

それでも改修工事に伺い、この建物の図面を見せてくださいというと平面図と立面図
それとカンタンな仕様書くらいしか出てこないケースは多い。
そんな粗っぽい図面ではとてもじゃないけれど、トラブルを回避する役には立たないし
早晩あちこちに不具合が出てくるのは必然。

この責任は一見すると作り手側にありそうに見えるけれど、
そんな簡単な図面に依る家づくりにOKを出してしまった住まい手にだって責任はある。

完成した後に泣きを見ないためにも、つくり手も住まい手も全力を尽くす必要があり、
そういう手間を惜しむのなら、つくり手はさっさと商売替えすべきだし、
住まい手は手っ取り早く完成済みの分譲住宅やマンションを選ぶ方がイイ。
これは冗談ではなく、ほんとうのことだ。
そうすれば誰も悲しい思いをせずに済む。

ベスト住宅。

私が好む建築家(建築士)はどれも小規模な組織ばかりで、
ホームページすらないところが殆どだ。
そんな家内産業的な彼、彼女たちには変なしがらみなどないから
住まい手の要望や、ゼネコン側の意見、
あるいは彼、彼女たちがイイと感じるコトが次々に家づくりに反映される。
だから長時間に及ぶ打合せはいつも充実している。

でも楽しいだけじゃ家はつくれない。
よく建築家は ”こうすると楽しい・・” とか、” こうするとオモシロイ・・” などと言うけれど
面白がって家をつくられては、住まい手はたまったモノじゃないだろう。
誰かが客観的な位置からいつも全体を眺めないと、トラブルだらけの現場になってしまう。

そこでプロデューサーが必要になってくる。

多くの行程(工程も含めて)がシステマティックに進められる大手ハウスメーカーなら
恐らくプロデューサーなど要らないだろうが、それは裏返せば自由度が低いことの証でもある。
自由度ののりしろが大きくなればなるほど、家づくりは充実してくるけれど、
既述したように自由だからといって好き勝手にやっていると
使い難い家、割高な家、メインテナンス性に問題のある家に成りかねない。
木ばかりでなく、客観的に森を見る存在が家づくりにはどうしても必要で
それがプロデューサーの存在意義となる。

そういう環境がきちんと整えば、やはり建築家の家は個人住宅としてベストの選択肢となる。
美しく機能的に、そしてなにより明確な価格の根拠がそこにはある。
それはきっとあなたにも簡単に理解できるはずだ。

home