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玄関再考(最高?)  
玄関再考(最高?)

単なる入り口、出口にしておくのはモッタイナイ。
 ©fa-produce    
 家の中の「決まりモノ」

家の中に必ずある場所、玄関。
それはまるで「決まりモノ」のように存在し、単なる出入り口の他にはさほど利用価値がなく、
そのくせバカにならない面積が割かれていて、考えようによってはとても非効率な場所。
それが「玄関」だと私は常々思っている。

住宅事情がシビアな都市部で間取りを考えるとき、
「玄関が無かったらどんなに・・」と思ったことはこれまで数えきれない。
住宅事情が比較的伸びやかな地方ならいざ知らず、
靴を履いたり脱いだりする以外にさしたる利用価値のない玄関は、
加えてタタキ(内と外)や玄関ホール、廊下などとセットになっている場合が多く、
これじゃまるで「盗人に追い銭」状態だ。


これほど地価の高い都市部で家をつくる場合、本来なら玄関なんぞに面積を割くわけには行かないワケで、
さりとてドア一枚で済ますわけにも行かないとなれば、
そこには明確な存在理由、付加価値がなければ存在が許されないと思う。
玄関を再考する時に来ている。


文化と価値観。

欧米の住宅のように、玄関ドアを開ければいきなりリヴィングやダイニングというのが
イチバン効率的で無駄がない。でもここは欧米ではなくニッポン。
やってきた訪問者に、いきなり室内を一望されるのを嫌がるのがこの国の文化であり価値観だ。
世間を見渡せばそういう玄関というか間取りも無くはないけれど、
やっぱり文化や価値観を無視するわけには行かず、目新しさ、奇抜さだけを取り入れても
きっと後になって後悔するだろう。

間取りの中から玄関を省けないとなれば、そこには正当な存在理由が必要になるワケで、
それがあれば、「これなら玄関に面積とコストを割くのもしょうがない・・」となるはず。
それにはまず玄関とはどんな場所か?ということを、改めて考えてみる必要がある。


 玄関再考(最高?)

第一の利用価値は「出入り口」としての玄関。でもこれだけならドア一枚で事足りる。
かつて玄関を家の顔とまで言わしめたこの国だから、これでは誰もヨシとしないだろう。
では玄関にあったらよさそうな機能は何だろう?

出入り口である以上、外から帰った時に手を洗ったりウガイをしたくなるはずだ。
花粉の時期や雨や雪の日には濡れた外套や花粉まみれのジャケットを室内にまで持ち込みたくないだろう。
出がけにトイレに行きたくなる人は案外多いはずだし、
どういうワケかトイレを我慢して急いで帰ってくる人だって少なくない。
郵便配達や宅配便のやりとりなら、玄関先だけでチャッチャと済ませたい。
そして最後に、明確に屋内と屋外を隔絶してくれる場所であってほしい・・・。

これらの要望がすべて満たされる場所だとしたら、玄関にだって存在理由ができるどころか、
とても機能的で便利な場所になるはずで、これさえあれば、
壁一枚隔てた向こうの空間はリヴィングでもダイニングでも一向に構わないはずで
ニッポン人が住まいに寄せる文化や価値観を無視することもない。


間取りの正当性。

今回取り上げた「玄関」の他にも、間取りや機能、意匠の中に「決まりモノ」は少なくなく、
疑うことなく、大して考えることもなく取り入れてきたアイテムや面積はとても多い。
その逆、これまでになかった新しい場所、間取りを取り入れるのも大いに意義のあることだ。

それは最近よく言う「コストパフォーマンス」とは少し違うワケで、
いくら安くて質の良いモノであっても、自分たちの暮らしや価値観に必要が無ければ
単に無駄であり、コストパフォーマンスどころか存在する正当性はゼロということになる。

自分たちには何が必要で何が不要か?
それを決めるのはつくり手ではなく、住まい手自身だ。
自分たちのライフスタイルと価値観を最大限取り入れ、
つくり手である建築士やプロデューサー、ゼネコンと大いに知恵と工夫を出し合うことだ。
それができれば、まるで決まりモノのように存在する玄関でさえ、
「このままでイイのか?」と思うようになるかもしれない。
そういう場所は、きっと家の中にいくつもあるはずだ。


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