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 工務店と家をつくろう {エフエープロデュース}  
大工とつくろう

ふたつある。
 ©fa-produce    
ふたつのケース


大工と家をつくろうと言うと、そんなコトあたりまえじゃんと突っ込まれそうだけど
大工にもふたつの形態があることは、あまり知られていないと思う。

家づくりは大工が担当する木工事の他にも電気・設備(配管)・板金・内装・・など
多くの参画業者が必要になる裾野の広い業種だ。
そんな家づくりに必要なすべての業者(職人)を大工の親方自ら選んでいる場合と
そうでない場合に大別される。

前者はすべての業者(職人)を大工の親方自らが腕前はもちろん、
気質まで吟味して選び、参画業者として家づくりに参加することを認めている。
現場の長はもちろん大工である親方であり、裾野を多くの業者が固める布陣となる。

もうひとつは必要な業者を大工の親方ではなく、元請けであるゼネコンや住宅メーカーが選ぶ場合。
各業者間に面識のない場合は珍しくないから、業者間の連携も以前ほど強固ではない。
すべてはゼネコンの指示通り、淡々と作業は続けられることになる。

どちらも大工には違いないけれど、無視できない違いがそこにはある。

前者の家づくり


前者の場合、家づくりの現場をピラミッドに準えれば頂点が大工の親方、
裾野を親方の息のかかった職人が固めるという構図になっている。

こういう体系を一言で表現すれば、統率がとれた緊張感漂う現場となる。
親方、ならびに大工の面々は自分が担当する木工事はもちろん、
それ以外のすべての施工部分にも目を光らせていて、
特に木工事部分との収まりや取り合いについては注文が多い。

しかも大工は毎日現場に入っているのだから、一日中大工の睨みが光る現場となる。
忘れたころに監督がやって来て、すぐに帰ってしまうイマドキの家づくりとは大違いだ。

また現場にほんの数日行かなかっただけで、工程が驚くほど進んでいて驚いた経験をお持ちの人も多いはず。
その場合、イメージしたのとちょっと違うと感じた人も多いはずだ。
既に工程が進んでタイミングを逃している場合は諦めるしかないのが一般的。
でも大工が頂点に立つ現場はここでも少し違う。
施主(住まい手)の浮かない顔を察知し、業者にも働きかけて可能な限り対応してくれるはずだ。
だからと言ってそこで施主が調子に乗り過ぎてはイケない。

親方は持ち前の気質と良心で最良の仕事を成し遂げようとしているわけで、
それは ”コンプライアンス” とか ” カスタマーサーヴィス ” という薄っぺらなものではない。
住まい手対つくり手という関係ではなく、良識ある大人同士の対応であるべきだ。

後者の家づくり


後者の場合、大工も関連業者も決めるのは元請けであり
優先されるのは元請けがイチバン喜ぶ見積書を提示した業者が採用業者となる。

大工はもはや現場の長でもなんでもなく、他の業者も大工が現場の長などとは思っていない。
現場でお互いが顔を合わせるのが初めての場合だってあるから、
現場における連携も以前よりは希薄で、
現場監督からNGさえ出なければ、それでヨシとする風潮は確かにある。
多くは語れないけれど、それはそれで大いに問題があると私は感じている。

かつてのような大工親方がデカい顔をする家づくりを知らない人は、
「それがどうした・・」と思うかもしれないが、” 神は細部に宿る ” の例え通り、
完成した家には無視できないほどの品質の違いがあることは間違いない。

だからかつての家づくりは、これほどまで欠陥住宅が取り上げられることも無かったはずだ。
私は今もそういう体系の下で家づくりを続けていて、変更するつもりは一切ない。

日本一の大工

大々的にテレビCMを打って話題性を呼べば、家はよく売れるようになる。
よく売れるようになれば、家づくりの在り方を根底から変える必要が生じてくる。
大量生産、大量着工はつくり手の勝手な都合でしかなく、それが住まい手の利益になるとは思えない。

私が日本一と認める大工が私の故郷である富山に居る。
腕前も気質も天下一品で、いうまでもなくかつての大工のスタイルを堅持しているから
参画業者も粒揃いで、施工品質云々などと言うまでもない。

現場運営はスムース、仕事は精緻で、いつも何かとウルサイ私も文句のつけようがない。
こういう現場は建築家もプロデューサーもとても楽することができる。
多くを語らずとも、詳細な図面と要点さえ説明すれば
後は大工が各方面の段取りをすべて済ませてしまうのだから。
できることなら私の家づくりのすべてをこの大工と共にしたいほどだ。

かくも優れた町の工務店も、住宅メーカーが台頭する頃になると一気にその数を減らした。
高度成長期を迎え価値観やライフスタイルが多様化し、親子間ですらプライヴァシーを語るようになると
いつまでも障子と襖で間仕切りされた家は、現代人には合わなくなったのだろう。

私が認める日本一の大工もとっくに自らの設計をやめ、建築士に外注する方向に舵を切った。
それが今日を生きる工務店の採るひとつの答えなのだろう。
よくできた高価格オーディオみたいに近寄り難く、無機質な住宅が増える現代において、
今も大工の親方がデカい顔するこういう家づくりは、やはりヒトが暮らす家に適していると思うし
近年騒がれる「古民家ブーム」ともシンクロしているように思えてならない。

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