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つくり手に自由を・・   
つくり手に自由を

よりよい家づくりを

 ©fa-produce    

職人に自由を。

世界文化遺産、広島県廿日市の厳島神社を取り上げた番組を観ていたら
神社内には建物の管理・修復を司る専門の部署があるらく、担当の方がこんなことを仰っていた。
「作業をしてくれる職人にはあーだこーだ云わず、自由に仕事をさせなければいけません・・」
ちょっとやそっとで言えるセリフではなく、経験に裏打ちされた重みを感じる。

細かな設計図、仕様書でつくり手(職人)をがんじがらめにするのは容易い。
しかし要点だけを伝えた後、細かな作業の判断を職人に一任するのは難しい。
一見するといい加減な監理者に見えるけれど、事実はまったく正反対。
細かな指示を与えずとも思った通り、狙った通りの仕上がりになる事を確信している。
職人自らに考えさせ、行動させることが最善の策であることを、この担当は長い年月の末に知ったのだろう。
その期待に見事に応えてみせる職人も、やはり見事だ。

欠陥住宅

これほど欠陥住宅が取り上げられる今日だから、せめて自分の眼で工事を見守りたい。
施主がそう思う気持ちも理解できる。

でも思うに、欠陥住宅になるには相応の理由があるのではないかとも思っている。
家づくりの要ともいえるプランニングをサラリと簡単に済ませ、
見積書のチェックも項目ではなく、総額ばかりを気にして値引き要請もする。
プランニングも曖昧なら、金額の根拠も曖昧で、明確なことは値引き金額だけというのでは
とても一世一代の買い物には似つかわしくない。

モノづくりの世界には価格に見合ったモノしかできないという大鉄則があり、
もちろん家づくりはその最たるものだ。
平たく言えば、価格に見合う建物しかできないということであり、
それが覆る時、建物に破綻が生じるのだと私は理解している。

せっかく分譲住宅ではなく、自ら注文住宅を選択したのなら
プランニングはゆっくり、ジックリ行い、面倒だからと打合せに出席しないというのではいけない。
見積書は総額ばかりでなく、各項目の金額の根拠まで説明を受けることで
改めて仕様の過不足を知ることができる。と、最低でもここまでする必要はどうしてもある。

それらのすべてを実行し納得出来たら、あなた自らが現場に日参する必要もなくなるはずだ。

つくり手に自由を

当社は既述したような説明を改修、新築工事に関わらず、毎回行っている。
それは施主(住まい手)への配慮というよりも、施主が完全に納得するまでは
怖くて着工できないというのが本当の理由だ。

不適切な住宅などつくってしまえば、弱小の私たちなどアッと言う間に消滅してしまうだろう。
そういうことは、少なからずつくり手のほとんどが意識しているはずで、
利益を上げるために意図的に欠陥住宅を量産しているつくり手など、存在しないと思う。

そういう気配り、配慮をすべて終えたうえでの「つくり手に自由を」である。
やはり職人たるもの、最良の環境でこそ最良の仕事ができるのだから、
そこに費用の心配や段取りの心配を介在させては、最良のパフォーマンスは発揮できない。
そういう心配事は私たちプロデューサー、もしくは監理者がキレイさっぱり払拭すべきで、
間違っても施主(住まい手)に工事の心配をさせ、現場に日参させるような事があってはいけない。

自戒を込めて。


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